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物理的距離感を超えた『村作り』が必要だと思う話

皆さんこんにちは(^^)

山岳トレーニ~のクマ男です。

 

今回のテーマは⇩

【物理的距離感を超えた『村作り』が必要だと思う話】をテーマに話をしていきます。

 

なんやら、テーマ内容が意味不明で『こいつもしかしてサイコ系のヤバイ奴?』って思われた方も1%くらいいたのではないかと思いますが、

けっこう重要な内容だと私は思っているので、最後まで読んで頂けたら幸いです。

 

さて、皆さんは『人と人との繋がりはどうありたいのか?』を意識したことはありますか?

 

ここ最近、私はそれをぞずっと意識していて、コロナ過においては特に重要視しているところだったりします。

 

私もよく使うのですが、SNSって今の時代にとって必要不可欠なツールだと思っていて、いろんな人とコミュニケーションが取れて楽しいし、必要な情報も簡単に手に入るから、もはや通信インフラに近い存在なのかもしれませんね。

 

なんですが、このSNSは便利な面、人との繋がりや関係性を歪めているような気がしています。(#先に言っておきますがSNSを否定している話ではありません)

 

それについて少し深堀していきたいと思います。

 

災害に巻き込まれて気づいた人との関係性

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今年(2021年)の1月に、新潟、北陸地方でとんでもない豪雪被害があったのは覚えていますか?

ニュースでも耳にタコができるくらい報道されていたかと思います。

 

実は私、ちょうどその頃に富山に出張に出ていたため、情けないことに大雪被害に遭遇し、富山から一週間くらい帰れない日々が続いてたんですね。

 

まあ、そんなかんだでホテルに缶詰め状態・・・

仕事ができないもんですから、やることがないもんですから・・・暇人化してしまったのです。

 

とはいえ、そんな暇人の私に対して、私の半径5キロ圏内の人達は、みんななにかしら被害を受けていて、なかには今にも死にそうな人達もいたわけですね。

 

そりゃ~、そんな状況でノホホンとポテトチップ食いながらネトフリ見てる場合じゃないですから『いかん!なにかせねば』って思っちゃうわけです。

 

ぶっちゃけ、私ってあんまり人のために行動する人間じゃないんですが、アベンジャーズを観まくったせいか『よっしゃ~、ちょっくらヒーローごっこでもするか!』ってなったんです(笑)

 

それからは行動が早く、富山に住んでいる友人(綺麗系美女)に『もし困っているなら手伝うよ!』と連絡して、当然その答えは『助けてくれ!』との回答!

 

なので救助に向かう・・・(#お前は美女であるか否かを優先順位にしているのか?#そんなことはないと私の内なる声が言っております(笑))

 

まあ現場(アパートの駐車場)に行ったら酷い状況で、車の上には積雪1mほどの雪が水分を吸ってのっかっていて、今にも車が押し潰されてしまいそうな時限爆弾を抱えていた。

 

周囲も雪の捨て場がないくらい、雪で覆われていて、『この雪をどこに捨てるのか?』が問題になってくる。

 

『そりゃ~この美女には無理だな』と、彼女が死にそうなほど困っている理由も分かってきた。

 

とはいえ、私は雪遊びのプロですから、除雪なんてのは人の2~3倍速く片付ける自信はあるし、要領もいいので到着して1時間ほどで作業完了!

 

朝日放送テレビの『大改造!!劇的ビフォーアフター 』みたく、現場の状況は一変して思わずドヤリたくなった(笑)

 

当然、友人からは『本当にありがとう!』と言われるわけなんだが、私としては別に下心があるわけでも、見返りを求めているわけでもなく、単純に『そうしたかっただけ』なのです。

 

『ウソやろ?』って思われる方もいるかもしれませんが、そもそもホテルに7日間も監禁されて、特別やることもなく、ただただ時間を浪費しているくらいなら、周りで死にかけている人を救った方がよくないですか?

 

というか、監禁されていると自己肯定感がめっちゃ下がります(;'∀')

 

多分、これは人間の本質的な欲求で『自分の価値を認めてもらいたい』っていう承認欲求からくるのじゃないかなと私は思っていて、
このままホテルの個室でネトフリしてたら自分で自分を『俺ってマジでクズだな』って思っていたと思うんです。

 

つまり、ホテルで無駄に時間を浪費し、軽く死んでいた私を『友人が助けてくれた』とも解釈ができるのですね。

 

友人は『本当にありがとう!本当にありがとう!』と何度も言ってくれていて、でも私はそれを言って欲しくて来たわけでもなくて、

 

むしろ『私を鉄の檻から出してくれてありがとう』って気持ちになった。

 

そう思っているからこそ、感謝された時に嬉しさや感動がより一層感じられるのだなと思ったわけでございます。

 

多分、これが人と人との『自然な繋がり』なのかなと思っていて、一切の見返りを求めず『誰かのために』とか『あの人の役に立ちたい』って思う気持ちが本来の在り方なのかなと思っていたりします。(#本当はあんまりキレイごとは好きじゃないが今回は言わせて#もちろんキレイな美女は好き)

 

現代社会の人との繋がりには問題がある

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ただ、これが現代においてはどうなのか?

 

人と人との繋がりが『不自然な繋がり』になっているなと感じる。

 

そう思う理由は3つあると思っていて⇩

  1. SNSで不特定多数の人と交流可能になった
  2. テクノロジーの進化で人間が合理的になった
  3. 人の生き方が多様化した

 

これについては、また別の機会でお話ししたいと思いますが、少なくとも、今では誰とでも簡単に繋がることができて、全く知らない人とメッセージのやりとりも出来る時代。

 

本来では繋がることのなかった人達とオンライン上で知り合い、お互いの日常についてSNSで情報を発信していく。

 

皆さんご存知のように、繋がった人達をフォロー、フォロワーと呼んでいて、これがお互いフォローし合っている関係性を『相互フォロー』と呼んでいる。

 

この『相互フォロー』を私なり解釈すると『お互いに助け合う関係性』、つまり『仲間』や『友達』ということになるわけなんだが・・・ツイッターやインスタグラムをやっている人の中には相互フォロー1000人、1万というとんでもない数の方がいらっしゃたりしますよね。

 

でも、これってオフラインで置き換えると異常なことだと思いません?

 

例えば、オフラインの世界で『仲間』や『友達』がいたとして、1万人もの人と仲良く出来ますかって話です。

 

1万人の人達のこと、1人1人どこに住んでるか覚えてますか?

 

絶対に無理ですよね?

それこそコンピューターに情報を登録しとかなければ絶対無理ゲーな話です。

 

多分、本当に相手のことを信用できて、相手も自分のことを信用してくれる人なんて、いたとしてもせいぜい30人くらいが限界なのかなと(#あくまでも私基準です。)

 

つまり、一万人もの『仲間』『友達』と称される人達は、そんなの単なる知り合い以下の関係であって、あなたの中に存在する99%以上の人達は仲間でも友達でもない『知っている人』に過ぎないんです。

 

本当は、1%の人達に自分の時間と労力を割くべきなのに、99%の不必要な人達に好かれようとしている。

もし仮にですよ!

 

もし仮にあなたが震災に巻き込まれて、家を失い、財産を失ったとする。

 

そんな時に、あたなのことを気にかけくれる人が一人もいなかったらどうですか?

 

それこそ絶望でしかないですよね?

 

でも、もし1%の人達と死ぬほど仲良くしていたら、

 

『泊まるとこないのか?じゃ~俺の家泊りこいよ!』

『仕事がないのか・・・じゃ~知り合いの会社でお前みたいな人材欲しがってるとこあるから話してみるわ!』

 

って言ってくれるかもしれませんよね。

 

つまり何が言いたいのかと言うと、人との関係性はシンプルに『数』と『深さ』の問題だと思ってます。

 

昔の田舎の農村は、多分こんな感じだったんじゃないかな~と思っていたりします。

 

だから私は、これからあるものを作りたいと思っています。

 

物理的距離を超えた『村』を作りたいと!

 

別の言い方をしたら狭いコミュニティー空間みたいなもんですね。

必要以上に村人(メンバー)を増やさず、クローズドな場所にする。

 

具体的にどのプラットフォームを使って行うかは分からないので、それはメンバーと話し合いながら決めていきたいと思っております☆

 

あと、くれぐれも言っておきますが、SNSを別に批判しているわけではなくて、あくまでもSNSがもたらす弊害の一つを言っただけです。(私もSNS大好きです(笑))

 

以上、村については、今後のnoteで詳しくお伝えしていきたいと思ってます(^^♪

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